信託の基本的構造

目次

Ⅰ 信託の基礎

信託の概要

 租税法において考察する際に、その租税が対象とする具体的経済実態を知らなければならないと考えます。特に、信託のように複雑化した組成を有し、私法によって保障された取引形態に対しては、その内実を知ること及びその私法上の趣旨を探ることが重要であろうと思います。また、課税は、原則私法上の法律関係に即してなされるべきとされている[1]ことからも私法を構造から理解することは必要であるといえます。

 単純化して言うならば、信託とは、文字通り誰かを「信じて」、財産を「託する」ものです。世界的に見ると英米では、一般の人々にも広く利用される生活のツールであるのに対し、本国では信託は信託銀行が専業で行い、一般の法人や個人とは縁遠いなじみの薄い制度と捉えられがちです。これは、我が国で初めて信託が導入されたのが、1905年(明治39年)の担保附社債信託法の制定においてであり、金融制度の一環であったことがその理由であろうと考えられています[2]。もちろん、信託に類似した取引形態は既に江戸時代から存在していたようです。ただし、我が国の信託の中で、特に重要な証券投資信託については、戦後の金融・資本市場の業界の棲み分けという歴史の中で、証券投資信託法や証券取引法において特殊な位置づけがなされており、その担い手を証券界とする途が選択されてきました。その結果、望むと望まないとにかかわらず、運用対象その他の面で、業際問題から証券取引上の規制などの対象となり、この点がその合理的な発展を阻害してきたといわれている[3]所以だと思います。そのため、諸外国と比べると、その活用は活発であるとはいえなかったのです。

 しかしながら、信託は主にその長期財産管理機能、転換機能、及び倒産隔離機能(これら機能の内容については後述)により、長期にわたり(世代を超えて)財産の保全・管理を行い、その目的・意思を確実に持続することにその有用性があると証明されており、代替する適切な他の方法は見出しにくいと言われています[4]。また、信託は、本国においても多様な金融商品の開発のためのツールとして、資産を流動化する際のキャッシュフローの分割の仕組みとしても利用されるようになってきており[5]、2007年9月末で信託財産総額は700兆円を超える金額に達しています[6]。そのため、信託の取引形態は、固有の特性を利用することで今後さらに発展が予想されます。

 ここで、信託は、信託財産の形式的所有者と実質所有者が異なることから、その権利義務関係の錯綜を防止するために、当該関係が明確化される必要性が生じることになります。そこで、わが国では信託法によって法的にその制度が保障されることになるわけですが、以下においては、わが国における信託法制の内容と信託機能について概観していきたいと思います。

[1]金子 宏『租税法〔第十三版〕』弘文堂、平成19年、106頁。

[2] 堀口和哉「信託法の改正と租税法」『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年、55頁。

[3]神田秀樹「証券投資信託の法的側面」『ファイナンシャル・レビュー』大蔵省財政金融研究所、1995年、9-11頁。

[4]平川忠雄編『新しい信託の活用と税務・会計』ぎょうせい、平成19年、7頁。

[5]藤本幸彦・鬼頭朱実『信託の税務』税務経理協会,2007年、4頁。

[6]信託統計便覧「信託の種類別残高」社団法人信託協会ホームページ。

信託の法規制

信託の法規制の概要

 信託法(平成18年12月15日法律第108号)2条は、「この法律において『信託』とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。」としています。同3条 においてその信託の方法が、以下のように規定されています。

一  特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその 他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下、「信託契約」 という。)を締結する方法

二  特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法

三  特定の者が一定の目的に従い自己の有する一定の財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為を自らすべき旨の意思表示を公正証書その他の書面又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものとして法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)で当該目的、当該財産の特 定に必要な事項その他の法務省令で定める事項を記載し又は記録したものによってする方法

 すなわち、信託とは、委託者が自己所有の財産を自分で管理や運営をしないで、契約または遺言で受託者に託すことをいいます。信託の契約時点では、「委託者」と「受託者」が当事者であり、そこから生じる機能の核心は後述する転換機能と財産管理機能にあります。この契約の際に、委託者は信託により利益を受けるものを指名します。この者を「受託者」と呼びます。なお、この際に委託者が受託者を誰とすべきかは自由に決めることが出来ます。すなわち、一般的な信託契約は、自己の財産を託す「委託者」、当該財産を管理・処分する「受託者」、当該財産から利益を受ける「受益者」の三者によって構成されます。

 次に、信託契約締結時に託される財産を「信託財産」と呼び、具体的には、例えば金銭・有価証券(国債、株式等)、金銭債権(貸付債権、リース・クレジット債権等)、動産、不動産、知的財産(特許権等)のような財産が信託財産とされます。

 信託は、他人のための財産管理制度ですが、他の財産管理制度としての民法上の代理、委任、寄託、組合、遺言執行などの制度と大きく異なる点は、委託者の財産の名義が、受託者名義に移転することです。この名義移転が、信託最大の特徴であり、信託の仕組みを複雑にしている要素であると捉えることもできます。そのほか、信託については受益者たる第三者に了解の必要が無いことも一つの特徴です[1]

[1]鯖田豊則『信託の会計と税務』税務経理協会、平成19年、3頁。

信託の機能

 信託最大の特徴は、「転換機能」にあります。転換機能とは、財産管理の方法及び受益権の内容は、それぞれ信託行為において実質的権利関係をひとまず離れて相当程度柔軟に設定でき、かつ、財産管理の方法と受益権の内容とを必ずしもリンクさせる必要がないことから、かかる信託の形式と実質の「ズレ」を意図的に利用することにより、信託を通じてできるだけ関係者が望むとおりのアレンジメントを実現することが可能となることをいいます。

それにより各種規制が複雑化されているのですが、このような転換機能こそが、わが国においてこれまで合同運用金銭信託や貸付信託が、小口の大衆資金を集めて企業に対する貸付資金に充てるという形で発達してきた原動力であり、また、近時において流動化・証券化取引において信託がしばしば活用されている理由の一つであると思われます。

 その他信託の法制度から生じる機能は、主に以下の4つに分類されます 。

財産の長期的管理機能 信託することによって、委託者の意思を尊重し、信託財産を長期間拘束します。信託財産の管理に関して、相続人の意思や意向よりも、委託者の信託設定時の意思・意向が完全に優先されます。これを信託の意思凍結機能といいます。
財産の分配機能 委託者の死亡によっても、信託期間が終了するまでは、受益者の相続人は信託財産の所有権を取得せず、ただ信託財産から得られる受益権を取得するだけです。この受益権は、委託者が想いのままに設定することが可能なので、これらの機能を応用することで、事業承継や、相続対策などに有効的に利用することが出来るといわれています。
受益者連続機能 受益者連続機能とは別名、跡継ぎ遺贈とも呼ばれ、委託者の信託目的に従って、信託受益権を複数の受益者に連続して帰属させるという機能です。
倒産隔離機能 信託では、財産を委託者から信託財産として受託者に移転します。つまり、財産は受託者の名義となりますが、その信託財産は受託者の固有財産からも分別管理されることになっています。仮に、受託者が何らかの原因で倒産したとしても、受託者の債権者は信託財産への強制執行は出来ません。

受益者

 後述する信託課税の観点に立つと、受益者は重要です。受益者の存在が、信託財産から生じる所得を享受するためです。また、信託は、受益者のための制度であるといわれています。

 ところが、信託は従前においては受益者のための制度であるにもかかわらず,信託の構造上,信託行為は委託者と受託者との間のものであると認識されてきました。そのため、受益者は信託行為の直接の当事者でなく,法律行為の中心たる委託者と受託者を重点的に法整備が組まれていたところです 。

 ここで、改正信託法においては,新たに受益者の規定が追加されています。この追加は,主に受託者の広範な権利機能に対して受益者の権利・利益を保護・強化するためという趣旨の下に行なわれたものです。改正信託法にいう受益者とは,信託行為の定めにより受益者となるべきものとして指定された者です。つまり,信託行為の当事者ではないが,信託において信託の利益(受益権 )を享受する者です(信法7)。特に,信託の場合においては第三者を受益者とすることができるため,この受益者の概念がきわめて重要です。
 さて、信託行為の定めにより,受益者となるべき者として指定された者は,当然に受益権を取得します。この受益権は,信託財産に属する財産の引き渡しその他の信託財産にかかる給付を行使すべき者に係る債権(受益債権)およびこれを確保するために信託法に基づいて受託者その他の者に対し一定の行為を求めることができる権利をいいます(信法2⑦)。
 すなわち,信託行為によって,受託者が負うべき債務の履行を請求することができる権利を受益権 と呼び,これを有する者を受益者とする規定です。従来的に信託制度においては民法の第三者のためにする契約や贈与契約とは異なり,受益者は信託行為によって一方的に受益権の付与を受けるが,旧信託法において受益権は権利のみならず債務も負うものと規定されていました。すなわち,受託者は受託者の費用・報酬や信託事務の処理上の損害の補償請求を受益者にすることができるとされていましたが(旧信法36 条,37 条),新信託法では,信託制度にとって極めて異例なこうした規定は排除され(48 条5 項),受益権は権利の総体として明確に位置づけがなされています。

委託者

 次に、委託者についてです。委託者は、財産権を受託者に引き渡し、信託を設定する者のことをいいます。その資格に付き信託法上特段の規定は無く、民法の一般原則が適用されます。受託者が信託財産を管理するにあたり、管理行為が適正ではなかったために信託財産に損害を与えた場合や、勝手に信託財産を処分した場合には、委託者は損害賠償などを請求することが出来ます。

 信託の設定において、委託者は不可欠の存在です。委託者は、信託の設定にあたり、信託行為の当事者となり、信託目的を定めると共に、信託財産を拠出します。そこで、旧信託法は、このようにして設定された信託が、自ら定めた信託目的に沿って運営されるように、その後も委託者が監視・監督することを可能にするため、委託者に種々の権限を与えていました[1]。例えば、強制執行を受けた場合の異議申立権(旧信法16②)、受託者への書類閲覧・説明請求権(旧信法40②)、信託管理人の選任請求権(旧信法40①)などがあります。

 しかしながら、確かに信託が設定される際に委託者は不可欠ですが、ひとたび信託が設定されてしまえば、実のところ委託者はもはや主役ではなくなります[2]。信託財産はすでに委託者の手を離れ、受託者が信託行為に従って管理処分するのであり、その果実は受益者が享受します。委託者が口を出さず、また手を貸さなくても信託は存続していくことができるのです。

 そこで、新信託法は、受託者への監督は、主に信託の運営に最大の利害を有する者である受益者に委ねることにしました。他方、委託者に対しては、原則として委託者が信託目的を設定し、かつ信託財産を拠出したものとして持っている利益を守るために最低限必要な範囲でのみ権利を与えているに過ぎず、その権利は、受益者の持つ権利の範囲よりも大幅に狭められています[3]

[1]福田政之=池袋真実=大矢一郎=月岡崇『詳解 新信託法』清文社,2007年、380、381頁。

[2]福田政之=池袋真実=大矢一郎=月岡崇『詳解 新信託法』清文社,2007年、381頁。

[3]福田政之=池袋真実=大矢一郎=月岡崇『詳解 新信託法』清文社,2007年、381頁。

受託者

 最後に、受託者についてです。受託者とは、信託を引き受け、一定の目的に従って信託財産を管理処分するものをいいます。委託者の財産を管理することから、未成年者、青年被後見人、非保佐人及び破産者は受託者となることは出来ません。受託者の他人の財産を管理・処分するという性質上、受託者には様々な義務が定められています。

 受託者は、委託者の意図を汲み取り、しかるべく注意をもって、受益者の利益のために業務を遂行しなければならず、具体的には、受託者は受益者に対し、①信託事務処理義務②善管注意義務③忠実義務④公平義務⑤分別管理義務⑥信託事務処理の第三者委託に関する責任、⑦情報提供義務などの責任が課せられています。法人の場合は、委託者と同様、法人の定款や寄付行為に定められた目的の範囲内に限られます。なお、法人が委託者となるケースとしては、信託銀行が受託者となる場合がよく知られています。