新信託法の改正経緯および趣旨

目次

Ⅰ 新信託法の概要

 旧信託法は、信託に関する私法的な法律関係を規律する基本法でしたが、大正11年に制定されて以来、80年以上にわたり、実質的な改正がなされていませんでした。

 しかし、近年の社会・経済活動の多様化に伴い、信託を利用した金融商品が幅広く定着するようになっているほか、資産の流動化目的の信託など旧信託法の制定当時には想定されていなかった形態での信託の活用も図られるようになっていました。このような時代変化に対しては、これまで「資産の流動化に関する法律(平成10年法律第105号)」などの特別法によって一定の対応がなされてきたものの、社会の要請に十分に対応するためには信託に関する基本法である信託法自体の抜本的な改正が必要であるという声が高まってきていました[1]

 そのような要請を受けて信託法部会における審議項目は多岐にわたりましたが,金融,資産流動化,投資,事業経営など様々な方面での活用が考えられる商事信託分野のみならず,少子高齢化社会の進展に伴い今後はその社会的需要がいっそう高まることが予想される民事信託分野,民間ボランティア活動の受け皿としての発展が期待される公益信託分野など,信託利用のあらゆる場面を見据え,現在及び将来の社会的経済的ニーズに柔軟かつ的確に対応できるルールを目指し[2]、信託法の新たな法制化が練られました。その結果、平成18年12月8日、第165回臨時国会において、新しい「信託法」およびそれに関する「信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」が成立し、同月15日に交付されるに至りました。

 さて、新信託法の基本的視点ですが,信託という優れた制度を商事信託のみならず,多様な信託目的に応じられるようにするため,受託者の義務の明確化・合理化を図りつつ,その一方で柔軟性確保のため任意法規化を図り,また,受益者の監督的機能を重視し受益者の権利の明確化・強化が図られています。そのため,新信託法はこれまで発展した信託法理を条文化しただけでなく,例えば,信託契約の要物契約性,有価証券に対する信託の公示,受託者義務の強行法規性,自己執行義務等,これまで実務の障害となっていた旧信託法の諸規定や一部の信託法理を改めていると言われています。

 更に,新信託法は,信託が当事者の創意工夫によって社会の様々な場面で利用可能とするため新しい制度を積極的に導入しています。そうした新制度とは,①委託者が受託者となることができる自己信託(但し,周知徹底のため施行は1 年遅れる),②事業そのものを信託財産とする、いわゆる事業信託,③金融商品としての受益権の流通促進のためにその有価証券化を可能とする受益証券発行信託(207 条),④器としての性格を明らかにするため受託者の責任を信託財産に限る限定責任信託(216 条),⑤受益者は存在せず受託者は信託目的に従って信託財産を管理する目的信託(258 条)、⑥民法法理では必ずしも有効とは一般に考えられていない後継ぎ遺贈と同趣旨の効果を達成できる後継ぎ遺贈型受益者連続信託(91 条)等であり,今後の展開が大いに期待できると言われています[3]

[1]佐藤哲治編『Q&A 信託法―信託法・信託関係省令の解説』ぎょうせい,2007年、4頁。

[2]法務省民事局参事官室「信託法改正要綱試案 補足説明」。

[3]小野傑「信託法改正概説」『LIBRA 』東京弁護士会、2008年3・4頁。

Ⅱ 自己信託

 新信託法によって信託宣言(自己信託)が認められることになりました。旧信託法では自己信託を認めると、信託財産が倒産隔離されることから、執行免脱などに乱用が危惧され、委託者と受託者が同一ではならないとするのが通説でした。しかし、欧米などでも広く認められていることから今回の信託法改正において本国でも認められることとなりました。

 自己信託とは、委託者が自ら受託者となる信託であり、委託者が自己の財産を他人のために管理処分する旨を宣言することによって信託を設定することをいいます。自己信託の設定が望まれたのは、海外とのバランス上の問題を解決するためや、わざわざ信託銀行を介さずとも、銀行自ら自社の貸付債権を信託して受益権を販売できるようにするためなどの背景がありました。さらに、法人が新規事業に乗り出す場合でも、子会社を設立し出資を募るより、その事業部をそのまま自己信託して資金調達を図ることができるなどの利点が大きくなりました[1]

 ここで、自己信託の利用には、資産流動化や事業信託などの場合が考えられます。第一に、資産流動化については、例えば金銭債権をオリジネーターが譲渡するに当たって債務者へ譲渡の通知を行うことがビジネス上好ましくない場合、自己信託という形式を利用することにより対債務者との関係やその後の流動化対象債権の回収に役立つといわれています。第二に、事業信託の場面においても、事業を譲渡する場合には従業員の雇用についての問題などが考えられるが、自己信託という形式を利用することで、引き続き委託者と従業員の雇用関係を継続できるのではないかという期待がなされています。[1]

 一方で、当初から懸念の強かったのは債務者が執行免脱により委託者の債権者にとって弊害となるのではないかという恐れがあった点です。このため、新信託法では、自己信託については弊害防止のために規定を設け、公正証書によらなければ自己信託は成立せず、また悪質な場合には委託者の債権者が詐害行為取消権の行使を要さずに、信託財産に強制執行を行うことが認められました。それに加えて、公益確保のために裁判所が信託の終了を命じることができるなどの措置が講じられました。

Ⅲ 受益証券発行信託

 受益証券発行信託は、信託法の改正で新しく規定されたものの一つです。従来信託は、債権であり有価証券ではありませんでした。これまでは特別法により投資信託等の信託受益権が有価証券化され発行されていたに過ぎませんでしたが、これを信託法の改正により受益証券の発行をできることとし、有価証券としての地位を確立させ、市場流通化の方向性を打ち出してきたと言えます。

 

  表      受益証券発行信託と従来の信託受益権の比較

 

 

 

受益証券発行信託

従来の信託受益権

摘要

譲渡の効力発生

 

受益証券の交付要

当事者意思表示で足りる

従来の信託受益権は、受益権の譲渡の可否や対抗要件等が明確でなかつたものを、受益証券の譲渡性を条文上明確にしました。

受託者への譲渡対抗要件

記名式・・・受益原簿記載

受託者への通知又は

無記名・・・証券占有

承諾

第3者対抗要件

受益証券の占有

受託者への通知又は承諾

善意取得

 

 

 

 

受益証券の喪失

 

 

 

奥村眞吾『これならわかる新信託法と税務』清文社、2007年、107頁。

 

 受益証券発行信託に対するニーズは、流動化目的の信託において、受益権の流通性を強化し、多数の投資家から資金を調達したい場合や、ある事業部門の収益に連動した受益権を販売し、資金調達を行うことを目的とする信託(自己信託)において、受益権の流通性を強化し、多数の投資家から資金を調達した場合などにおいて存在している[1]といわれています。

[1]佐藤哲治編『Q&A 信託法―信託法・信託関係省令の解説』ぎょうせい,2007年、299頁。

 

Ⅳ 受益者の存しない信託

 旧法の下においては,通説的な見解によれば,信託が有効に成立するためには,信託行為の時において,受益者が特定・現存していることまでは必要ありませんが,受益者を確定し得ることが必要であり,受益者を確定し得ないものは,公益信託を除いては有効な信託とは認められないものとされていました。したがって,例えば,以下のようなものは認められないと考えられてきていました。

1、権利能力のない者が実質的に受益者に相当するタイプ

 ・自らが寵愛する特定の動物(ペット)を飼育するための信託を設定すること

 ・自らの住居を自らの死後も記念館のように管理してもらうことを目的として信託を設定すること

2、受益者としてではないが,将来にわたり何らかの利益を受ける者を想定することができ,信託目的が必ずしも「公益」とはいい得ないタイプ

 ・ 特定の企業の発展に功績のある人(従業員に限られない)に奨励金を出すというように,目的が「特定」の企業に限定されているために公益信託の許可を得ることができない信託を設定すること

 他方,信託に類似する法人制度においては,公益法人,NPO法人,株式会社等の営利法人のほかに,公益目的ではないものの,社員に剰余金を分配することを目的としない非営利の業務を行う中間法人も存在するところです。すなわち,中間法人にあっては,その「社員」は,中間法人の活動から得られる剰余金を取得することはできないという点において典型的な私益信託における受益者とは異なり,目的信託における潜在的な受益者と類似するとともに,中間法人の活動が「公益」目的に限定されないという点についても,目的信託と類似する側面を有します。また,仮にいわゆる中間財団が認められることとなれば,目的信託が認められなければ,法人制度と信託制度の平仄が(とるべきとすれば)とれないこととなり,一層問題となります[1]

 そこで、ペットを飼育を目的とする信託・委託者の住居を記念館とし、当該記念館の運営管理を行う信託・公益的とまでいかないが、奨励金を出すというような信託・SPC持分をケイマン諸島の慈善信託保有させる代替とした倒産隔離スキ-ム目的信託などを可能にできる法制度が構築されました。

[1]法務省民事局参事官室「信託法改正要綱試案 補足説明」。

Ⅴ 限定責任信託

 信託事務に関する取引から生じた債務について、受託者が無限責任を負うという原則は、受託者にとって大きな負担であるとの声が実務界にあったことから、その責任が信託財産に限定される限定責任信託の制度が創設されました。これにより、デリバティブ取引等、受託者の自由度がより高められることになりました。他方、信託債権者保護のため、限定責任信託であることの公示義務、帳簿等の作成等の特例などに関する規定が整備されました(信法216 以下)。

Ⅵ 信託の活用

 上述のような信託の機能や新しく想定された信託の形態を元に、実際の活用方法については様々なものが考案されています。その中には、遺言信託や特別障害者扶養信託そのほか家族信託など多様なものがありますが、特に商事・事業信託に関しては以下のようなものがある[1]といわれています。

  • 信託の倒産隔離を利用した事業の証券化
  • 資産流動化を目的とした不動産その他の証券化(コミングリングの回避)
  • 信託の柔軟に受益権を組成できる点等を利用して,トラッキング・ストックに代わる活用
  • 会社業績向上のための従業員インセンティブ・スキーム
  • 担保権移譲の煩雑さを回避するセキュリティ・トラスト
  • 事業の実質的な保有を維持しながら,事業再生を第三者に委ね,再生後は事業を再び元の会社に復帰させる 事業再生
  • 信託受益権の譲渡や併合による事業継承・事業提携
  • 一定の事業を本体から切り離す会社分割的なスピンオフの活用
  • 限定責任信託を組み合わせた,新規事業進出の際の子会社設立の代替的活用
  • 敵対的買収者に対する企業防衛として使う信託型ライツプラン

 その中で、例えば事業信託の際に信託宣言の手法を活用すれば、次のようなメリットがあるとされます。

 まず、事業部門に関する権利関係の主体を変更せずに済みます。また、事業譲渡を実施する場合において、これまではひとつの部門を完全に売買していたが、ある期間に限定して特定の事業部門を売却することが可能となります。他社と事業提携を行う場合には、他の会社に事業提携に関連する部門につき信託宣言をしてもらい、自らが受益権の一部を保有するという形にすれば、他社の倒産リスクをも免れることができます。事業譲渡において、事業上の瑕疵というリスクを回避するために、売却代金の一部を保留したいという場合、コストをかけて会社を設立することをしなくとも柔軟にそれを実施できるとともに、資金調達の容易化等が可能となります[2]

 このように、商事信託の分野においては、主に自己信託と事業信託の活用によって幅広い信託類型が今後生まれてくる可能性があります。様々な実践的な信託には、それぞれその存在に目的がありますが、ここで注意しておきたいのは、これらのほとんどは租税回避もしくは節税目的での利用が謳われているのではないという点です。確かに、飛ばし類似金融商品等の取引(会計上の損失計上の先送りや含み損失を一時的に簿外処理し、あるいは銀行の自己資本比率等を嵩上げすることを意図して、主にその目的のために考案されたものであり、意図した会計処理が認められなければ実質的な意味を持たず経済的合理性を有しない取引)が話題となっています[3]が、その内容は、法が意図した仕組みを複雑に構成する事後的な取引です。

 これまでの信託法制の概観によって、信託の存在意義が主に信託財産の所有者における実質と形式のズレを人工的に作り出す転換機能にあること、当該特徴から信託に関係する人々の利害を保護するために信託特有の法理念があること、さらに信託法制が意図した様々な機能の発現により広がる実践的信託が存在する可能性が高いことなどが確認されました。すなわち、信託を巡った作今の法整備は、信託の有用性に対する社会的な要請の具現化に他ならないと考えられます。

 しかし、信託税制度において信託法の利用が抑制されているというような意見が指摘されており、実際に信託法が施行されてなお、その利用が進んでいないという声も挙がっています。そこで、次章においては当該問題意識の下に信託税制を考察していきたいと思います。

[1]掛川雅仁「新しいビークルとしての信託の新類型と実務上の課題」一部加筆。

[2]新井 誠「改正信託法と事業信託」筑波ロー・ジャーナル編集委員会編『筑波ロー・ジャーナル』2月号、2007年、3、4頁。

[3]日本公認会計士協会「飛ばし類似金融商品等の取引の取扱い・公表に当たって」平成11年。