信託税制の概要

Ⅰ 信託税制の考え方

 前章の考察を踏まえると、信託の特徴は、ごく簡単にいえば、法形式と経済的実質のズレを人工的に作り出すことにあると考えられます。その法律関係とは、まず、①委託者が、受託者をして信託目的に従い受益者のために財産の管理処分などを行わせることとし、そのために、②所有権その他信託財産の管理・処分権限と名義とを含む財産自体を形式的には受託者に帰属させてしまうが、その分、③受託者の信認義務や信託財産を受託者の固有財産から区別するなどの手当てにより信託財産が受益者の財産であるという実質を保護するというものです。したがって、信託当事者間の信認関係とそれを制度的に担保する信託財産の独立性や受益者の受託者に対する監督義務などによって支えられた「形式と実質の分離」こそが、信託の最大の特徴であるといえます[1]

 そのような特徴を踏まえると、信託の課税を考える上では、まず、その実質に着目することが必要であると思われます。換言すれば、信託における課税対象の判断上,誰が信託から利益を得ているかに焦点を置くべきことは言うまでもありません。これは,租税法すべての根底に流れる基本概念でもあります[2]

 信託税制は、大正11年の信託法制定に応じる形で所得税法第3条ノ2が規定されて以来、その基本的な考え方を踏襲し続けてきました。すなわち,実質的な所得が受益者に帰属することを鑑みると、課税対象となりうるのは原則的に受益者だけとなります。したがって,信託税制は従来から,受益者発生時課税(パス・スルー課税)を原則とし,信託を導管とみなして課税関係を律していました。

 ここで「受益者発生時課税」とは,信託財産の管理・処分から生ずる所得は原則として受益者または委託者においてのみ課税され,信託あるいは受託者のレベルで独立に課税されることはないことをいいます。この受益者発生時課税を採用する論拠について,大正11年に施行された旧信託法に基づく税制改正の立法趣旨では、次のように明解に述べられています[3]

「信託財産は信託法上に於いては受託者の所有に属するものなりと雖も,其の財産より生ずる所得は結局受益者に帰属すべきものなるを以って,経済上の実質より見れば,受益者は直接其の財産を所有すると同一の収益を収むるものなり。故に所得税を課する場合に於いては,受益者が其の財産を有するものと看做して受益者に課税し,受託者及び委託者に課税せざることと為したり。」

 このように、信託財産の名義は受託者に移っていても,経済的実質に鑑みれば,受益者は信託財産を保有しているのと同様の効果を有しているので,信託財産を受益者が有するとみなして所得税を課税するという趣旨がみてとれます。これは、実質所得者課税の原則に当てはまるものと考えることができます。すなわち、「当事者が用いた私法上の法形式や概念をそのまま認める時は,租税法の基本理念の一つである公平負担の原則からみて妥当なものでないと判断された場合には,実質主義の原則を適用することが,より妥当な結果を得ることになるであろう」という考え方です[4]。信託課税制度の原則である受益者発生時課税が、実質所得者課税の原則の具現であるという点は重要であると考えます。

 さて、平成19年度税制改正において,様々な信託概念が導入されましたが,依然、「受益者発生時課税の原則」は貫かれています。日本経済団体連合会の「平成19年度税制改正に関する提言」においても、先の通常国会から継続審議とされた信託法案が成立、施行された場合、これに伴う税制上の対応が必要となるが、実質的な所得の帰属者に課税を行うという信託税制の基本的考え方に立って検討を進めるべきであるという立場を明確に述べられています[5]

 ただし、信託課税の原則は、様々な信託類型の発展に伴い、その効果が及ぶ対象領域を狭めています。昭和26年には証券投資信託が、昭和37年には退職年金積立金に係る信託が「受益者発生時課税」の適用外とされました。すなわち、これは信託税制における受益者発生時課税原則の例外である受益者受領時課税の萌芽と見ることができます。そして、平成12年には特定目的信託及び一定の投資信託を「特定信託」と定義し、特定信託の受託者に法人税を課すという画期的な制度が旧法人税法第82条の2として創設されます。さらに、平成18年12月の新信託法の制定を契機として、見直しが行われた平成19年度税制改正においては,受託者段階で受託者の固有所得とは区別して法人税を課税する信託を「法人課税信託」と定義するとともに、その範囲が拡大・一般化され、特定信託も法人課税信託という制度に一本化されました。ここにおいて、信託課税原則である受益者発生時課税とともに、「受益者受領時課税・法人課税」が、信託の諸類型内で線引きされることとなりました。このことは、信託における課税の三重構造を構築し、現在の複雑な信託税制を形作ったと言えます。

 

表     信託の種類と収益に対する課税

受益者等に対する発生時課税となる信託
(受益者等課税信託)

不動産・動産の管理等の一般的な信託

受益者に対する分配時課税となる信託

集団投資信託

合同運用信託

証券投資信託

国内公募投資信託

特定受益証券発行信託

退職年金等信託

厚生年金基金信託

確定給付企業年金信託

確定拠出年金信託

国民年金基金信託 等

特定公益信託 等

特定公益信託

加入者保護信託

受託者に対して法人課税がなされる信託
(法人課税信託)

受益証券発行信託

受益者等が存しない信託

法人が委託者となる一定の信託

国内公募投資信託以外の投資信託

特定目的信託

 

 このような信託課税制度の経緯を経て、信託課税制度は現在に至ります。現行制度である平成19年度税制改正後における信託税制は、信託類型を「受益者発生時課税」、「受益者受領時課税」、「法人課税信託」の3種類に区分し、それぞれの課税方法を定められています。ここで、信託課税の例外が拡大した結果の背景には、経済社会の現状・社会的な要請や政策的意図などの複雑な要因により、妥当な着地点の模索のために様々な検討がなされてきたことなどが存在しているように思われます。この点、特に平成19年度の改正信託税制においては、受益者課税原則と租税回避行為防止の間で一応の調整が実現されたと評価される一方,受益者課税の例外が多岐に渡り,受託者段階課税が法人課税信託と同一視されるという無原則な拡大がなされることへの懸念が持たれています[6]

 「信託税制の考え方」が、基本的に受益者発生時課税である点は、誰もが認めるところです。歴史的にも理論的にも信託課税の原則である「受益者発生時課税」は、今日においても信託税制の基本的な考え方として踏襲されているものの、受託者を納税義務者として法人税を課税する「法人課税信託」が創設されたこと、さらに当該「法人課税信託」が、一般化されたこと及び将来的にも拡大の可能性の方向もあり得ることを考え併せた場合、課税の三重構造がもたらす信託課税原則の「理論」自体が希薄化している恐れがあると考えます。そこで、以下において、信託税制の理論的問題点について検討を加えます。

[1]福田政之 池袋真実 大矢一郎 月岡崇『詳解 新信託法』清文社,2007年、4,5頁。

[2]実質課税の原則については、3章3節1款を参照。

[3]大蔵省編『明治大正財政史(第6巻)』経済往来社1957年、1154頁。

[4]下村芳夫「租税法律主義をめぐる諸問題」税大論叢6号29-30頁。

[5]日本経済団体連合会「平成19年度税制改正に関する提言」平成19年。

[6]阿部泰久「自己信託の創設~その仕組みと受益者課税」税理2007年4月号,21頁。