信託税制の理論的問題点

Ⅰ 租税回避防止と課税中立性の拮抗

 信託税制分野における研究成果の蓄積では、今日まで様々な問題点が指摘されています。これらの先行研究は、信託課税の本質を考察するにあたって重要な示唆を含んでいるものと思われます。

 信託行為に対しては、私法ないし民法体系において位置づけが難しく,影響を受けた英米法自体の信託制度の柔軟性,あるいは定義の困難性,発展の経緯が理解を一層困難にしている[1]と指摘されています。言葉を換えれば、信託は、その形態をいかようにも設定することが可能であるため、柔軟性に富み、融通無碍であることを大きな特徴とするということができる[2]ことが制度においての射程範囲を困難にさせています。この従来にない仕組みを発想次第で可能にする信託は、限りない発展性を持つと同時に、租税回避の手段としての可能性も大きいことをも意味しています。

 すなわち,信託はあらゆる財産権を目的物とすることができるため,信託の種類も多岐にわたります。このため,信託にかかわる税体系をひとまとめにすることが実務的に不可能であり,また、税の公平上などの観点からも不具合が生じるケースが多いと想定されます。あらゆる信託を想定した立法は不可能であるから,税法では基本的な課税方法を定め,具体的には個別の解釈に委ねられている部分が多いのが実情であります。

 そこで、新しい信託スキームが考案される場合,その信託にかかわる課税をどう解釈するかなど,税制を巡っては単純明快な回答を得ることが困難であり,その都度、税務当局等の個別の判断に委ねられる場合が多いといわれています[3]。信託が社会的なニーズを反映すれば、それについて奨励か抑制かの政策的判断が必要となり、税制における公平性・中立性の確保が租税回避の防止とともに必然的な問題となります[4]。なお、信託税制について、租税回避を防止するために、包括的な否認規定を何故作らなかったかという疑問の存在[5]もまた各方面への配慮を想起させます。

 ここで、「中立性」とは個人または法人の経済活動に干渉しないことをいいます。したがって、「課税中立性」は、税制が個人や法人の円滑で公正な経済環境を阻害しないことをいいます。消費者の立場からは、課税が利用可能な物品・サービス間での相対価格を変化させない場合に、異なる商品に対して消費選択の阻害要因にならないため、これを課税中立的であるということがでまする[6]。この概念は、直接には憲法14条1項の命ずるところであり、国民経済の公正な取引を促すためには、必要不可欠な税制の要素であると思われます[7]

 次に、「租税回避」とは私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的な理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済的目的ないし経済的成果を実現しながら、通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除することをいいます[8]。なお、政府税制調査会などで、この「租税回避」という用語が用いられる際には、「節税を防止する」という意味での「租税回避防止」が意図されている場合がある点に注意が必要です[9]

 さて、大義を振りかざす場合、広い意味においては、課税中立性を確保するために、租税回避は防止されなければなりません。そのために、通常は、「課税中立性」と「租税回避の防止」は同じ目的を掲げているということができます。

 しかしながら、課税中立性と租税回避の防止は、信託税制度においてしばしば相反した立場を取りうるのです。すなわち、信託をめぐる幾多にも及ぶ類似商品間や類似事業体内では、租税回避を防止する意図を観念することによって、他の法形式との中立性が軽視され、または、ある対象との中立性に努めるあまりに違う対象との間で租税回避を許容することになります。例えば、一定の信託に対して「租税回避」を防止する目的のために法人課税がなされると、二重課税等の理由により各商品間で税負担が異なり、他の類似した信託に対する消費選択の阻害要因となりうるので、「中立性」が損なわれてしまうことになります。

 ここに、「課税中立性」と「租税回避防止」の緊張関係が存在するのです。すなわち、「課税の中立性」と「租税回避防止」が両立する場合には問題とはなりませんが、両者がしばしばトレード・オフの関係に立つ場合に、どちらを重視すべきかを判断しなければなりません[10]。ここで、信託課税制度を考える場合に、両者がともに問題となれば、その判断の根拠を十分に分析するべき状況となります。

[1]富田 仁『信託の構造と信託契約』酒井書店,2006年。

[2]堀口和哉「信託法の改正と租税法」本庄 資編『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年、73頁。

[3]山本和尋「信託と信託商品の特徴」『郵政研究所月報』2000年、6頁。

[4]堀口和哉「信託法の改正と租税法」本庄 資編『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年、73,74頁。

[5]八ツ尾順一「事業体課税と租税回避」『税務会計研究』第19号、第一法規、平成20年、29頁。

[6]菊谷正人『税制革命』税務経理協会、平成20年、105頁。

[7]金子 宏『租税法〔第十三版〕』弘文堂、平成20年、75頁。

[8]金子 宏『租税法〔第十三版〕』弘文堂、平成20年、109頁。

[9]租税回避行為研究特別委員会「租税回避行為―その否認の現状の問題点と課題―」『税務会計研究』第19号、平成20年、153頁。

[10]金子 宏『租税法〔第十三版〕』弘文堂、平成20年、76、110頁。

Ⅱ 信託内部での中立性

 前項のような実情から、信託をめぐる税制は、信託の業務ごとに当事者の苦心の産物として整備されてきており、信託業務にかかわるすべての税制を網羅的に見てみると相互に統一性、整合性を欠く結果をもたらしている[1]ということができます。というのは、信託という枠組みの概念が、信託法、資産流動化法、投資信託法、会社法、民法など複数の法律に立脚しており、その複数の法律の横断的な借用概念のもとで、信託税制は独自にその信託の類型を規定してきたからである[2]と思われます。ここで、信託概念の下における信託税制の統一性・整合性の問題は、信託が内包する独自の問題であるといえます。すなわち、信託が事業体の一形態という認識に至った状況に加え、その内部に複数の課税方法を規定しているということが、信託を複雑かつ特異な事業体たらしめているのです。

 さらに、市場からの様々な需要に応じて多種多様の信託形態が開発・利用され、それに応じて税制が構築されるという状況において、信託制度内部に「課税の三重構造」が存在している事実は、似通った信託商品間において課税方法を分断する線引きを行わざるを得ない状況を生み出してしまいます。例えば、磯山淳氏は、次のように指摘します[3]

「現行の擬制的な所得区分では、投資信託ごとに課税方法が異なるため、投資家が商品を選択する際に税制を考慮しなければならなくなり、商品選択に中立的でなくなる。投資信託商品の選択に対して中立的であるためには、異なる投資信託間で税制を均衡化させて、リスクに対してどれだけのリターンが見込めるかという観点から商品を選択できるようにするべきであろう。」

 このように、「受益者等課税信託」(本文信託)や「ただし書き信託」のうち集団投資信託における「導管性」の認識と、法人課税信託における「導管性」の認識との間には著しい差異が存在しているように思われます[4](導管性については別稿にて言及)。この認識の齟齬を発端として、制度内の整合性を保てずに、種々の矛盾点が露見するおそれが生じます[5]。このような場合においては、課税の三重構造を支える課税理論、これを貫く原則は何かが問われる必要があり、「信託法理」からの検証が不可欠です[6]

[1]吉村正男「個人信託の利用と課税問題」租税法研究24号78頁。

[2]借用概念について金子前掲書104-113参照。

 

[3]磯山 淳『投資信託税制の理論と課題』晃洋書房2008年,140頁。

[4]高橋祐介「事業体課税論」岡村忠生編『新しい法人税法(京都大学大学院法学研究所COE研究叢書)』有斐閣、2007年、81頁。

[5]堀口和哉「信託法の改正と租税法」『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年。

[6]占部裕典「我が国における信託税制の発展と改革~改正信託税制の特徴と課題~」『会計・監査ジャーナル』6月号、2007年、67頁。

Ⅲ 類似事業体間での中立性

 近年、資金調達の多様化,金融商品の発達,実態に応じた事業体の必要性といった社会的要請に応じて新たな組織体が種々誕生してきています。これらの組織体相互間においては、経済的な機能に着目し、そこでの「課税中立性」にも目を配らなければなりません。

 特に、近年その範囲を拡大した法人課税信託については、その適用に当たって慎重に議論されなければならない問題です。ここで、ある一定の信託に対して法人課税が適用される趣旨は、法人形態で行われる投資や事業との中立性確保と租税回避防止という目的があると考えられてます[1]。すなわち、租税回避を防止するために、「会社」形態と実質が変わらないものについては、信託課税の原則であるパス・スルー課税を否定するのです。この点については、法人税制において先進的であり、信託を実態と見る大きな改正であったと評価されています[2]

 ただし、その一方で、普通法人との公平中立のみを目していてよいのかという考え方も存在します。つまり、信託について、法人形態との類似性にのみ着目すると「会社」以外の事業体との公平中立を阻害してしまうことになりかねません。特に、普通法人では行われない投資を行う法人課税信託の場合、普通法人との公平中立という理由は説得力を欠きます[3]。確かに、信託の実態が法人に類似した性質を有しており、何らかの事業体であることに異論はありません。信託にしろ、法人にしろ、それが生み出す経済的効果は同一です。

 しかしながら、経済的効果の同一性をして法人課税というのはあまりに拙速ではないでしょうか。朝長教授は、法人と同じ事業を営むことをもって法人課税とする見解に対して、

「納税義務者の判定の基準とすべきその事業による利益が誰のものとなっているかという視点を失念したものと言わざるを得ない[4]

と指摘されています。

 すなわち、納税義務者となるべきは、所得の実質的帰属者です。信託財産がその名義のみ形式的に移転し、実質的な所得は受益者に帰属するという信託の根本に翻ってみれば、法人に類似している形態をとっているとしても、その所得の帰属の視点にも着目して然るべきです。難解な経済的実態に対応して「実質課税の原則」に叶う税制の構築は困難であると思われますが、経済的な実態が複雑であることに、所得の帰属を無視する根拠はないはずです。

 また、信託における法人課税の問題は、事業体課税の在り方にまでつながる問題であると言われています。現在、株式会社以外の事業体としては、SPC・LLC・LLP・事業共同組合・NPO法人・社団法人・人格のない社団等などが挙げられます。なお、これら類似事業体の税制においても、それぞれ同様の問題が議論されています[5]。特に、信託は組合と同じく、透明な組織体としての問題がある[6]とされます。このように、信託に類似する事業体間では、構成員課税や法人課税など様々な課税方法が存在し、これについては「同床異夢の観がある[7]」と表現されています。そこで、これらの信託に類似する事業体と信託との課税中立性は深く吟味され、もって整合性のある税制度の制定が望まれます。

 事業体課税に関する具体的な問題としては、主に、前述の事業形態選択に対する税の非中立性のほか経済的二重課税の問題が挙げられます[8]。法人課税がなされると、法人段階と配当段階とで、二重課税が行われます。ただし、配当課税につき、二重課税を調整していない米国で株式市場が最も発展していることは興味深い[9]という指摘もあります。二重課税においては、1回目は当期課税であるが、2回目は分配時期を納税義務者が選択できるため、結果的に二重課税の方がトータル・コストを低くすることができる可能性があります。こうした観点も含めて、日本においても、二重課税について議論していく必要があると思われます[10]

 これらの問題点は、租税回避対策として具現化してきたものであり、事業体を選択することで租税回避が可能となるようなことは当然に防止すべきであるが、防止すべきことであるか否かの判断は慎重であるべきです[11]。これらの問題を考える上では、事業体ごとの峻別の問題が生じますが、そこでは財産の構成員からの独立性の有無という観点から個々の事業体ごとに判定するほかないとされ、さらに、事業体への法人課税を考えるにあたっての基準として、佐藤英明教授は、

「法人課税の対象範囲の確定はその時々の租税回避への対応などとは切り離して議論されるべき税制の基本問題であって、これを租税回避への対応として用いるのは本末転倒というべきである[12]

と開陳されています。

 上述のように、事業体税制を考察する上では、法人課税における対象領域の区分が重要となります。法人課税の範囲について、特に検討を要する点としては、信託が「契約」であるにもかかわらず、法人とみなされる点です。法人の性格を「法人擬制説」と「法人実在説」のいずれと理解するのが妥当かという結論はともかくとして、実際の税制は、法人が個人とは独立して社会的に影響力をもった実体であることを前提として法人が稼得した所得に対して法人税を課し、株主に対する分配は税引後の利益(剰余金)の配当とし、これを受け取った株主においては配当を一義的には課税標準として取り組み、そこで生じる配当二重課税の調整のための個人株主における配当控除及び法人株主における受取配当等の益金不算入の制度も、法人の実在を前提とした上で、経済社会の変化に対応させた制度として維持されてきているのです[13]

 すなわち、法人税は暗黙裡に法人の「実在」を観念してきたと考えられるが、信託を法人とみなす点には幾許かの不自然さが残ります。租税回避を否認する技術上の法人課税は、法人課税概念そのものにも影響するので、租税回避を防止するという目的のみで安易に導入すべきではないとも言われています[14]。従来より、法人格に対して課税されてきたという課税ルールが、近年より実態を考慮し法人課税の範囲を決定するようになりました。そこに、妥当性が存在しているかの検討も必要であると思われます。

 また、法人課税によって信託の導管性が否定される際に信託財産から生じた所得の性質が伝達しないという問題があります。法人課税において二重課税の問題が存在するからといって、事業体段階で課税されることが,課税されないものより必ずしも不利であるわけではありません。所得の性質まで投資家に伝えるかどうかという点が重要です[15]。つまり,収益が事業体を通過するとき,事業体を導管とみなして所得の性格をそのまま投資家に伝えるのか,それとも事業体を通過することで所得の種類が変換される等によって所得の性格が変わり、投資家に伝わらないかという違いがあります。この相違は,課税方法の違いだけではなく,投資が失敗して損失が生じた場合,その損失を投資家に伝えるか否か,つまり損失控除ができるかどうかということにつながります[16]。具体的には、ある信託財産から生じた一定の収入は、法人課税の場合は「法人税と配当所得」に、受益者課税の場合は「利子所得・配当所得・不動産所得など」に区分されることとなります。

 ここで信託をより大きな観点からみると、事業体について、法人税の対象となりうる事業体と認定されうるか、あるいは立法論として、法人と同様に課税するのか、それとも、信託として、独自の課税の仕組みを整えていくのかという課題があります。組合や信託のような非法人事業・投資形態は、立法論も含めて、今後も、その課税問題は十分に検討されなければならない喫緊の課題です[17]。原則論ではありますが、「課税の公平」は税制の前提です[18]。その意味で、信託が今までの私法にない法律関係を創造しようとする性格を有するものである以上、税制が課税回避防止を強く意識することは当然ですが、信託の「創造性」という本質からして、その活力を削ぐような規制が好ましくないこともまた必要であると考えられます[19]。信託に対する法人課税規定によって、信託そのものの機能を阻害するのではないかという指摘があります[20]

[1]高橋祐介「事業体課税論」岡村忠生編『新しい法人税法(京都大学大学院法学研究所COE研究叢書)』有斐閣、2007年、81頁。

[2]水野忠恒『租税法〔第3版〕』有斐閣、2007年。

[3]高橋祐介「事業体課税論」岡村忠生編『新しい法人税法(京都大学大学院法学研究所COE研究叢書)』有斐閣、2007年、82頁。

[4]朝長英樹「法人所得の意義と法人税の納税義務者に関する基本的な考え方」税大論叢

51号,381頁。

[5]杉村良夫「投資ファンド及びその投資家に対する税制の研究」『税務会計研究』第19号、第一法規、平成20年、179-183頁。

[6]本庄 資・藤井保憲『法人税法 実務と理論』弘文堂、平成20年、44頁。

[7]坂本雅士「事業体課税の基本問題」『税務会計研究』第19号、第一法規、平成20年、2頁。

[8]堀口和哉「信託法の改正と租税法」本庄 資編『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年、78頁。

[9]八ツ尾順一「事業体課税と租税回避」『税務会計研究』第19号、第一法規、平成20年、30頁。

[10]金融庁編 金融税制に関する研究会「金融の新潮流への対応 議事録」平成13年。

[11]堀口和哉「信託法の改正と租税法」本庄 資編『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年、78頁。

[12]佐藤英明「新しい組織体と税制」『フィナンシャル・レビュー』財務省財務総合政策研究所,2002年、106頁。

[13]長谷部啓「パス・スルー課税のあり方―組合事業における組合員の課税関係とその諸問題」『税大論叢』56号、平成19年、86頁及び87頁。

[14]八ツ尾順一「事業体課税と租税回避」『税務会計研究』第19号、第一法規、平成20年、30頁。

[15]蔦永竜一「多様な事業体における課税の相違」『ファイナンシャル・レビュー』財務省財務総合政策研究所、2003年、139―142頁。

[16]蔦永竜一「多様な事業体における課税の相違」『ファイナンシャル・レビュー』財務省財務総合政策研究所、2003年、139―142頁。

[17]水野忠恒『租税法〔第3版〕』有斐閣、2007年、309頁。

[18]堀口和哉「信託法の改正と租税法」本庄 資編『関連法領域の変容と租税法の

対応』財経詳報社、平成20年、73,74、78頁。

[19]堀口和哉「信託法の改正と租税法」本庄 資編『関連法領域の変容と租税法の対応』財経詳報社、平成20年、73,74、78頁。

[20]八ツ尾順一「事業体課税と租税回避」『税務会計研究』第19号、第一法規、平成20年。