認識時点で貸倒の可能性が高い債権の収益認識 ― 会計基準と法人税法の相違と実務上の留意点及び問題提起を中心に

目次

注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき判断しておりますが、一若輩者の執筆であることから個別の案件での具体的な処理については責任を負いかねます旨ご理解いただきたく存じます。制度上の取扱いに言及しておりますが、個人的な見解であり、より制度深化に資すればと考えてのものです。

Ⅰ.はじめに

売上や役務提供の完了に伴って計上される収益は、企業の業績を示す重要な指標です。

つい先日の、第75回税理士試験法人税法にも出題されていたようで、実務上においてもその論点は基本的でありながら深淵で、税金計算に直結する論点であると考えます。
ここで、契約やサービス提供が終了した時点で、すでに債務者の支払能力が極めて低く、回収可能性が著しく低いことが明らかな場合、
会計基準と法人税法では収益認識の扱いに差異が生じることがあるように思います。

本稿では、認識時点で貸倒の可能性が高い場合の会計上の収益認識と法人税法上の益金算入の取扱いを整理し、実務上の課題を解説します。

Ⅱ.会計基準における取扱い

(1)収益認識の原則

企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」では、収益は顧客との契約から生じる履行義務を充足した時点で認識します。

回収可能性は、当該契約に基づく対価を受け取れる蓋然性として評価され、蓋然性が低い場合には収益を認識しません

会計基準では、以下の様に認識(契約識別)の要件に回収可能性が高いことが挙げられています。
収益認識会計基準19項(5)

顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと

(2) 回収可能性が低い場合の処理

契約履行が完了していても、回収可能性が著しく低いと判断される場合、収益認識を行わず、回収した時点で収益計上します。

実務的には「履行義務の充足」と「対価の回収可能性」を同時に満たすことが条件となるため、

履行時点で債務者が実質的に支払不能状態であれば、売上を計上せず、将来回収時に計上する形をとります。

Ⅲ.法人税法における取扱い

(1)標準的な益金算入時期と計上すべき金額

法人税法第22条第2項に基づき、売上は原則として役務提供の完了日または商品の引渡日を属する事業年度の益金に算入します。


債権の回収可能性は、この時点での益金算入要件には直接影響しません

先般の改正で、益金の額に算入する金額は、原則として引渡しの時における「価額」又は「通常得べき対価の額」とすることが明確化されています。


「価額」(計上すべき金額)については値引き・割戻しについては客観的に見積もられた金額を控除した金額も「価額」とされます。


その一方で、貸倒れ又は買戻しの可能性がある場合においては、それを考慮しない価額(法人税法第22条の2第5項)とされています。


つまり、価額を算定する際には、将来の貸倒れ・買戻しを考慮することはできず、値引き・割戻しは考慮することができるとされています。

このことは、従前から法人税法が当金や見越費用等の計上は認めないとする債務確定主義の考え方が根底に流れていると思われます。

(2)貸倒損失との関係

上述のように、役務提供完了時に回収可能性が低くても、法人税法上は原則として売上計上(益金算入)が必要となります。


その後、一定の要件(法人税法施行令第96条等)を満たした場合に貸倒損失として損金算入することになります。


つまり、税務では「先に益金計上 → 後で損金算入」という二段階処理になると思われます。

(3)問題点

税務では、相手先の支払い能力や貸倒の可能性について、債権の認識・測定の論点として扱っていないようです。


そして、そのことには以下のような問題があると思われます。

  • 認識時点で回収不能がほぼ確実でも、法人税法では原則益金算入が求められ、課税の先行が生じます。
  • 会計と税務で収益計上時期が乖離し、当期利益や課税所得に差異が発生します。
  • 裁判係争中や相手先破産直前のようなケースでは、実態と課税のタイミングが乖離するため、実務上の負担や納税資金繰りの問題が顕在化します。


要するに相手が潰れかかっている法人であって回収がほぼ見込まれないような場合には、値引きの意思表示がない前提では、債権の額面丸々が課税の対象となってしまう懸念があります。

Ⅳ.実務上の留意点

項目会計基準(収益認識基準)法人税法
認識基準履行義務充足+対価回収可能性が高いこと役務提供・引渡完了時(原則回収可能性は不問)
回収可能性が低い場合原則収益認識せず、回収時に収益計上原則益金算入し、その後貸倒損失で損金算入
貸倒処理実質的に回収不能と判断した時点で貸倒損失計上法令・通達に基づく厳格な要件を満たした場合に損金算入
損益計上のタイミング実態重視(回収可能性が低ければ計上しない)原則課税先行(益金計上→貸倒損金)
実務上の影響損益計上の抑制で利益変動リスク軽減一時的な課税負担増・資金繰り圧迫の可能性

1. 会計方針の明確化

会計上は、回収可能性の判断基準や債務者の信用状況評価を文書化し、監査対応に備えます。

2. 税務調整の必要性

会計で収益認識を行わない場合でも、税務上は益金算入し、別表四・別表五(一)で調整する必要があります。

3. 貸倒損失の証拠確保

税務上、貸倒損失の損金算入は厳格な要件(法令・通達)を満たす必要があるため、相手先の財務状況、破産手続、訴訟記録等の証拠を保管し、疎明資料を準備しておく必要があります。

4. キャッシュフロー管理

課税が先行する場合、納税資金の確保が課題となるため、金融機関との調整の検討も必要です。

Ⅴ.まとめ・私見

認識時点で貸倒の可能性が高い債権は、会計基準と法人税法で取扱いが異なり、実務上は「収益認識の乖離」と「課税の先行」が問題となります。

経理担当者や経営者は、契約履行時点の回収可能性評価を適切に行い、会計方針と税務調整方針を明確化しておくことが重要です。

会計と税務の違いは、その根本思想に違いがあることから生じていると思われます。

会計は、適正な期間損益計算を目的とし、税務は課税の公平性などを目的としています。

私見として、税務が権利確定主義など法律的な確実性を中心に整理されているならば、債権の認識についても「確実性」の観点を織り込まなければ資金回収よりも課税が先行される懸念があります。

そのため、課税制度的により納税者に配慮し、丁寧な規定整備を行う必要があると思われます。

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