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注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき判断しておりますが、一若輩者の執筆であることから個別の案件での具体的な処理については責任を負いかねます旨ご理解いただきたく存じます。制度上の取扱いに言及しておりますが、個人的な見解であり、より制度深化に資すればと考えてのものです。
Ⅰ.はじめに
法人が役員に支給する給与や手当は、法人税法上「損金算入できるか否か」という重要な問題に直結します。
特に、定期同額給与(法人税法施行令69条1項1号)と経済的利益(同条1項2号)の区分は、事業年度途中で金額を改定した場合に結論が変わるため、
実務上の判断に注意が必要であると思われる一方で、それに言及している文献が少ないと思われます。
今回は、職場積立NISAに対する奨励金を題材に、どちらに当たるのかを整理しながら考察してみようと思います。
Ⅱ.定期同額給与と経済的利益の違い
①定期同額給与(法令69条1項1号)
その支給時期が1か月以下の一定期間ごとである給与(定期給与)で、事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの及びそれに準ずるものをいいます。原則として期中改定は損金不算入。
②経済的利益(法令69条1項2号)
社宅貸与や保険料負担、低利貸付など、役員個人が本来負担すべき費用を法人が肩代わりした場合に生じる便益。
なお、経済的利益については定期給与である必要はないために「事業年度の途中から供与を開始しても、毎月おおむね一定額であれば定期同額給与と同様に損金算入可能」と説明されています。
また、個人サイドの所得税における論点ではいずれに該当しても原則的に給与課税の範疇と思われます。
「経済的利益」といえば、会計・税務領域での一般的な認識は、以下の様なものではないでしょうか。
「現金そのものの交付」は「給与」で「現金以外で役員個人が負担すべき経費を法人が代わりに支払うとき」は「経済的利益」。
ここで、法人税法基本通達9-2-9,9-2-11を整理すると以下の様になります。

通達では「渡切交際費」のように現金支給型でも性質が「個人的経費の肩代わり」であれば経済的利益に含まれるとされています。
Ⅲ. 職場積立NISA奨励金の性質・あてはめ・検討
職場つみたてNISAとは、職場という身近な場を通じて、NISA(少額投資非課税制度)を利用した資産形成ができるように事業主等が利用者を支援する、福利厚生の増進を図ることを目的とした制度です。
事業主等は、職場つみたてNISAを利用する従業員に対し福利厚生の一環として奨励金(職場つみたてNISAによる対象金融商品への投資に際し、事業主等が従業員に給付する金銭をいいます。以下「本件奨励金」といいます。)を給付する場合があります。
その場合、事業主等は、従業員に対して支給する給与の額からNISAの積立金相当額(対象金融商品の中から従業員が選択した金融商品について、当該従業員が定めた毎月の積立金額)を天引きします。
それと同時に、当該積立金相当額に本件奨励金を加えた金額を従業員のNISA口座に振り込む方法(以下「給与天引き方式」といいます。)により本件奨励金を給付します。
また、上記のような給与天引き方式以外の方法として、事業主等は、従業員の給与と本件奨励金とを合算して当該従業員に支払い、従業員各自の預貯金口座等からNISAの積立金相当額に本件奨励金を加えた金額が従業員のNISA口座へ振り替えられる方法(以下「口座振替方式」といいます。)もあります。
(1) 現金支給の場合
奨励金を現金で役員に支給し、その後役員が自らNISA口座に積み立てる場合は、役員の資産形成のための金銭給付にすぎないと判断せざるを得ません。
これは現金支給型渡切交際費のように「役員が負担すべき経費の肩代わり」というよりは、最終的に役員個人の投資信託商品として残ります。
したがって、経済的利益ではなく、定期同額給与として整理するのが妥当であると今のところ判断しています。
(2) 会社が直接拠出する場合
会社が役員の口座に直接拠出する形をとった場合も、結果として役員の金融資産となる以上、「個人的費用の肩代わり」という経済的利益の枠組みに入れるのは困難だと判断しています。
この点で、渡切交際費のように「役員が支出すべき交際費を法人が肩代わり」する場合とは明確に性質が異なります。
Ⅳ.実務上の整理
役員に対して支給する職場積立NISA奨励金は、原則として定期同額給与(69条1項1号)に分類され、
経済的利益と位置づける余地はほとんどなく、悲しいかな渡切交際費の例とは切り離して考える必要があると思われます。
したがって、期中改定を行うと損金不算入となるリスクが高く、設計段階から支給額を慎重に決定することが重要です。
Ⅴ.まとめ・私見
経済的利益(69条1項2号)は「役員が負担すべき経費を法人が肩代わりした場合」を対象とし、渡切交際費や社宅貸与が典型例です。
一方、奨励金は役員の金融資産を直接増加させる性質を持ち、経済的利益とは区別すべきと思われます。
また、上記前提に基づいた場合の制度に対する私見ですが、奨励金制度の意義について会社がその制度を後押しする意味はあるものの、国などがそれを勧めている割には、通常の支出がいいとこで、損金不算入となる余地があり、所得税は課税対象となっています。
法人の立場からすれば、奨励金の支給は給与を同額増額させる場合とほぼ同効果かリスクも少し高まってしまう懸念があるのではないでしょうか。
本質的に実利ある制度展開を今後期待したいところです。