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注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき判断しておりますが、一若輩者の執筆であることから個別の案件での具体的な処理については責任を負いかねます旨ご理解いただきたく存じます。制度上の取扱いに言及しておりますが、個人的な見解であり、より制度深化に資すればと考えてのものです。
1.前提
法人が投資用収益物件として、居住用の区分所有マンションを保有している場合、マンションの管理組合に修繕積立金を支払う場合があります。また、自社所有の本社建物等の物件について修繕積立金を支払う場合も考えられます。
また類似の取引として商店街区画にある不動産所有者などに対して、アーケードの修繕負担金が求められるケースがあります。
これを支出した場合の損金算入時期について、命題として以下記載してみます。
2.修繕積立金とは
マンションの外壁や屋根、エレベーター等の共用部分は、マンションの購入者 (区分所有者)で団体(管理組合)を構成し、維持管理・修繕を行う場合があります。
購入したマンションについて、快適な居住環境を確保し、資産価値を維持するために、適時・適切な修繕工事を行うことが必要ですが、
マンションの共用部分の修繕工事は長い周期で実施されるものが多く、修繕工事の実施時には、多額の費用を要します。
こうした多額の費用を修繕工事の実施時に一括で徴収することは、区分所有者にとって大きな負担となり、区分所有者間の合意形成が困難であるほか、場合によっては、資金不足のため必要な修繕工事が実施できないといった事態にもなりかねません。
こうした事態を避けるため、将来予想される修繕工事に要する費用を、長期間にわたり計画的に積み立てていくのが、「修繕積立金」といわれています。
3.会計・税務の考え方の原則
法人税では、原則として、マンションの共用部分について行う将来の大規模修繕等の費用の額に充てられるために長期間にわたって計画的に積み立てられるものであり、
実際に修繕等が行われていない限りにおいては、具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していないことから、
管理組合への支払期日の属する事業年度の損 金の額には算入されず(法法22(3)二、法基通2-2-12)、実際に修繕等が行われるまでは前払費用等として資産計上すべきところが妥当と考えられます。
(参考;🔗日税メルマガ通信 特別号 ~税務のチェックポイント Q&A15~ 号 平成27年4月1日発行 編集:日税メルマガ事務局)
一方で、会計的には適正な期間損益計算を前提に引当金的な概念においてその発生の可能性が高いほど費用として計上できると思われます。
なお、繰延資産を規定する法人税基本通達の中に、「共同的施設の設置又は改良のために支出する費用」基通8―1―4というものがありますが
具体的な共同的施設の例として、共同展示場、共同宿泊所、協会等の会館、商店街の共同のアーケード、日よけ、アーチ、すずらん灯などがこれに該当すると挙げられています。
ここで、繰延資産は、法人が支出する費用(前払費用を除く。)のうち、支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶものとされています。そのため、修繕積立や負担金のように修繕が将来に予定されている場合には、繰延資産の範疇ではないと思われます。
4.国税庁質疑応答事例の内容
しかしながら、修繕積立金は、区分所有者となった時点で管理組合へ義務的に納付しなければならないものであるとともに、
納入した修繕積立金は、区分所有者へ返還しないこととされるのが一般的であり、その場合の修繕積立金については、
一旦納入した後においてはその管理支配権は管理組合に移転しているものと認められることから、このような場合においてまで、 支払の都度、
前払費用等として損金算入を保留することは、事務負担や租税負担の観点からして不合理と考えられ、また、修繕積立金の実態にもそぐわないものと考えられます。
このような観点から、国税庁の質疑応答事例の所得税編において、🔗「賃貸の用に供するマ ンションの修繕積立金の取扱い」(令和6年11月8日訪問。)と題する回答が公開され、
その回答によれば、修繕積立金は、 原則として、実際に修繕等が行われその修繕等が完了した日の属する年分の必要経費になるとしつつも、
修繕積立金の支払がマンション標準管理規約に沿った適正な管理規約に従い、次の 事実関係の下で行われている場合には、その修繕積立金について、
その支払期日の属する年分の必要経費に算入しても差し支えないものとされています。
- 区分所有者となった者は、管理組合に対して修繕積立金の支払義務を負うことになること
- 管理組合は、支払を受けた修繕積立金について、区分所有者への返還義務を有しないこと
- 修繕積立金は、将来の修繕等のためにのみ使用され、他へ流用されるものでないこと
- 修繕積立金の額は、長期修繕計画に基づき各区分所有者の共有持分に応じて、合理的な方法により算出されていること
5.問題提起
国税庁の質疑応答が「所得税」にカテゴライズされており不動産所得の必要経費に言及していることから、当該質疑応答が法人税の制度にも準用できるのか、「法人税」制度の影響下にある法人所有のマンションの場合の損金算入時期について問題となります。
6.参考意見
法人税法の取扱いについては、次のような意見がありました。
公益社団法人福岡中部法人会 法人会ニュース 平成27年12月号より引用。
なお、(中略)(国税庁質疑応答で:筆者追記)所得税に関する取扱いが示されていることから、法人税においても同じ取扱いとすべきという考えもありますが、
法人税法上の取扱いに関して前記2の所得税の取扱いと同じでよいとする課税庁の公式見解等は示されておらず、
むしろ裁判例においては上記法人税の債務確定基準によるべきとの確定判決がありますので、法 人税の取り扱いにおいては前記2の特例的取扱いはないと理解すべきであると考えます。
日税メルマガ通信 特別号 ~税務のチェックポイント Q&A15~ 号 平成27年4月1日発行 編集:日税メルマガ事務局より引用。
この質疑応答事例は、所得税に係る所得金額の計算上の必要経費に係る取扱いとして示さ れたものですが、基本的には法人が支払う修繕積立金についても同様と考えられ、
この取扱いと異なる取扱いをすべき理由等はないものと思われますので、法人がマンションの区分所有者 として支払義務を負う修繕積立金についても、
返還不能とされるもので、その使途が将来の修繕等のためだけに限定され、かつ、その金額が合理的な方法で算定されている場合には、同様に取り扱われると考えます。
7.私見
上述の参考意見で引用したものは、結論が正反対となっています。
個人的な見解ですが、後者の方の意見に賛成です。
質疑応答の表現では、以下の様に記載されています。(下線・太字は筆者加工。)
修繕積⽴⾦は区分所有者となった時点で、管理組合へ義務的に納付しなければならないものであるとともに、
管理規約において、納⼊した修繕積⽴⾦は、管理組合が解散しない限り区分所有者へ返還しないこととしているのが⼀般的です(マ ンション標準管理規約(単棟型)(国⼟交通省)第60条第6項)。
そこで、修繕積⽴⾦の⽀払がマンション標準管理規約に沿った適正な管理規約に従い、次の事実関係の下で⾏われている場合には、その修繕積⽴⾦について、その⽀払期⽇の属する年分の必要経費に算⼊しても差し⽀えないものと考えられます。
上記の義務的納付や返還不可の性格に着目します。その観点からは、法人にとって役務提供を受けるか否かに関わらず、資産性のない支払時点の損失ではないでしょうか。いつ修繕を行うか、どれほどの規模で行うかといった自社で積立金を設ける場合に当然に存在している意思決定の権限は、マンション管理組合を経由する場合(管理組合の一議決権保持者であることを除いて)法人からは切り離されてしまいます。
また、前払費用とは、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合に、いまだ提供されていない役務に対し支払った対価といわれています。修繕積立金が「継続した役務提供」であるかどうか、すなわち「前払費用」の範疇に含まれるのか疑問です。
さらに、前払費用にあたるとした場合に、役務の享受が時の経過に応じない以上、既提供の役務と未提供の役務の区分について実務的に行うことは困難が予想されます。
換言すれば、マンション管理組合の関与が大規模な修繕のみに限定されていると限らないため、日々の維持にも及んでいると鑑みると、近年のサブスクリプションサービスと同様、一定の期間におけるサービス等の提供を受ける支出のように考えることもできます。
法人税に言う債務確定基準の「具体的な給付をすべき原因となる事実」とは、とりわけ質疑応答の4要件を満たす場合においては、
「修繕を実際に行った事実」ではなく、管理組合がマンション保守・修繕計画期日や資金の管理を行ってくれる事実ともいえるのではないでしょうか。
名称が「修繕積立金」であることから実際に修繕が行われるタイミングに目が行きがちですが、その内実はそれらを包括的に管理・実行していく修繕管理サービスです。
返金不可との前提に立てば、法人サイドの責任はすでに支払いを終えた時点でマンション管理組合に移っており、
管理組合がおこなう現実の大小の修繕の実施や支払有無などを法人サイドで前払費用や積立金として勘定の中で管理するには
その内容を把握する事務コストも大きくなると思われます。
逆に、法人税と所得税の取扱いを違える場合には、実務家としてその別々の取扱いとすることの趣旨が理解できないことに加え、
誤解を生じやすアナウンスの手法や必要な情報を記載しないような質疑応答の手法について見直されるべきと考えます。
修繕積立金を法人において所得税の取扱いと同様の取扱いを行うことについて不都合が生じる事実があれば、それを適正な手順のもと開示するとともに丁寧に誤解のないよう解説すべきです。
よって、法人税においても、所得税の取扱いを会計的発想からも参酌できると考えます。