インボイス制度が不動産業者・中小企業に与える影響について
目次
1.前提
さて、インボイス制度について、まだ先のことだからと今まで研究を避けてきましたが、
少し触れてみるとその影響範囲が大きかろうことに気づかされます。
各種制度上の詳細な取り扱いの説明については、他に譲るとしまして本稿では、不動産業者(主に本稿では宅建業者登録している事業者や貸家業を営んでいる事業者をイメージしています)とインボイス制度について記載してみようと思います。
注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき判断しておりますが、一若輩者の執筆であることから個別の案件での具体的な処理については責任を負いかねます旨ご理解いただきたく存じます。制度上の取扱いに言及しておりますが、個人的な見解であり、より制度深化に資すればと考えてのものです。
2.適格請求書保存方式
「適格請求書保存方式」とは、インボイス制度ともよばれ、原則として「適格請求書発行事業者」から交付を受けた「適格請求書」等の保存および帳簿の保存を、仕入税額控除の要件とするものです(新消法30①⑦,57の4①)
簡単に言えば、適格請求書(インボイス)発行事業者には,取引の相手方の求めに応じたインボイスの交付義務が課せられ,交付しなければ取引の相手方は仕入税額控除ができなくなるということです。
3.インボイス制度と事業者免税点制度との関係
ア.インボイス制度がはじまると免税事業者は?
免税事業者は適格請求書発行業者になることはできません。
また、適格請求書発行事業者には、事業者免税点制度は適用されません(新消法9①,インボイス通達2-5)。
イ.インボイス制度と免税事業者制度の問題点
これまでの消費税制度の問題として、免税事業者からの仕入れについて、以前より(免税事業者サイドでの)「納税なき(仕入事業者における仕入税額)控除」が問題となっていました。
そのことに対応する形で、インボイス制度が導入されたという一因もあります。
上述のように、適格請求書発行事業者には、事業者免税点制度は適用されません(新消法9①,インボイス通達2-5)。
これにより、免税事業者がこれまで通りに事業活動を行う場合、先述の通り、販売先は仕入れの税額控除を受けることができません。
そのため、仕入先を他の業者に変更される、あるいは取引継続の要件として仕入価格の値下げを求められる(これについては買いたたき防止の制度として消費税転嫁対策特別措置法が一定の規制を図っています)という可能性が考えられます。例えば、このようなことを懸念する記事に日刊建設工業新聞記事消費税のインボイス制度-中小事業者への影響懸念/国交省、建設業界の動向調査 [2021年5月20日1面]🔗があります。以下、記事の抜粋です。
建設業界では中小事業者や一人親方に免税事業者が多く含まれる。新方式導入の動向を注視する業界関係者は多く、「免税事業者は値引きの強要や課税事業者への転換を求められ、大幅な収入減となる懸念がある」という声も漏れる。新方式の認知や理解が進んでいない現状を考慮し、「導入時期の延期などの議論があってもいいのでは」との意見も出ている。
ウ.激変緩和措置について
なお、激変緩和の趣旨から、インボイス制度の導入後6年間は、インボイス制度において仕入税額控除が認められない課税仕入れであっても、区分記載請求書等保存方式において仕入税額控除の対象となるものについては、次の割合で仕入税額控除が認められています(平成28年改法附則52、53)。
区分記載請求書等の保存により仕入税額控除ができる割合 |
令和5年10月1日から令和8年9月30日までの3年間……80% |
令和8年10月1日から令和11年9月30日までの3年間……50% |
エ.私見その他
しかしながら、上述のように緩和措置が設けられたとはいえ、元来、現行免税点制度の趣旨は、「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられている特例措置」であると説明されてきています。この趣旨は、第29回税制調査会🔗でも語られておりますが、個人的な意見として、今般の制度改正は、歴史的に国が保護を図ってきた小規模事業者をその保護から外すことに他ならないと思います。さらにそのことの実質的な担い手を納税者における仕入選定に委ねている点、大変懸念するところです。
当然に、益税の問題は、従前より指摘されており一定の理解はできるところですが、そのことと小規模事業者を淘汰させること、どちらが国益を損ねるかは慎重に配慮されるべきと思います。政策上の配慮として、新規事業が起こる際には、やはりそれなりの手当があった方がイノベーションが育つと考えるためです。
そのほか、既存の制度をもとに取引金額が決定されている点は世間ではあまり指摘されていないようです。これまで免税業者が自身のサービスの対価を決定する際には、消費税が免税であるという制度的な保護に立脚して価格決定を行ってきています。既存の取引価格を見直す必要が生じうるという意味では、税務が民間の取引価格に介入していはしないかという懸念が持たれます。
こちら🔗の私見でも述べましたが、制度の複雑さを開業間際の事業者が正確に理解・運用する事務コストや開業当初の数々の事務プロセスに対し、国や制度での配慮がもたらされることを願うばかりです。
学問的には、消費税の転嫁を阻害するという意味で益税を課題とするならばその反射として、控除対象外消費税の問題点も「損税」サイドの立場から同様に議論されるべきだと考えます。
4.不動産業者に係る論点
ア.転売用不動産取得の場合、賃貸用不動産取得の場合
現行制度上、個別対応方式を前提とした場合でも事業用の建物の賃料は課税売上となるため,その取得に際して支払った建物に係る消費税については仕入税額控除ができます。
これは,個人や免税事業者から取得した場合も同様です。
しかしながら、上述の様にインボイス制度の導入後は,原則,インボイスを発行できない個人や免税事業者からは仕入税額控除ができないものと思われます。
この点,宅地建物取引業者については、個人や免税事業者から取得する建物については,帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる特例も設けられています。
適格請求書等保存方式の概要 -インボイス制度の理解のために-(パンフレット)(令和2年6月)🔗
帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる場合
請求書等の交付を受けることが困難な以下の取引は、帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められます。
① 適格請求書の交付義務が免除される前記3(2)①④⑤に掲げる取引
② 適格簡易請求書の記載事項(取引年月日を除きます。)を満たす入場券等が、使用の際に回収される取引
③ 古物営業、質屋又は宅地建物取引業を営む者が適格請求書発行事業者でない者から棚卸資産を取得する取引
④ 適格請求書発行事業者でない者から再生資源又は再生部品(棚卸資産に限ります。)を購入する取引
⑤ 従業員等に支給する通常必要と認められる出張旅費、宿泊費、日当及び通勤手当等に係る課税仕入れ
※太字・下線は、筆者加工。
この特例の対象には,宅地建物取引業を営む者が行う適格請求書発行事業者でない者からの建物の購入も含まれています(新消令49①一ハ(3))。
この点での留意すべきは本特例が、宅地建物取引業者以外の事業者との公平性を踏まえ、その対象を売買目的となる「棚卸資産」に限定しているという点です(同49①一ハ)。
つまり,転売を目的として建物を取得した場合については,不動産販売業者においては「棚卸資産」に該当するため,特例により,インボイスがなくても仕入税額控除が認められますが、その一方で、自己保有物件として賃貸することを目的に建物を取得した場合には,「固定資産」に該当するため,特例の適用が認められず、仕入税額控除ができないことになると思われます。
実際上、不動産販売業者が不動産を「棚卸資産」として所有しているか「固定資産」として所有しているかについては、難しい論点があると思います。仕入税額控除の論点である居住用賃貸建物の領域と絡んだディープな論点であると思われるため、言及は後日に回そうと思います。
イ.小規模な大家業を営んでいる場合
店舗やオフィスを貸しているオーナーについては以下のような課題が生じると予想されます。
店舗やオフィスの借主は消費税の課税事業者であるケースが多く、家賃には消費税が課せられています。この場合、オーナーが免税事業者でインボイスを発行できないとなると、
家賃に係る消費税を仕入税額控除できないことになると思われます。
このことはテナントサイドの理屈・行動原理として、インボイスを発行するオーナー物件への転居、あるいは控除できない消費税に配慮した価格交渉を行いたいというものが当然に予測されます。参考:『リアルパートナー』2020年11月号,全宅🔗。
その一方で、テナントサイドがオーナーに対して課税事業者になるよう要請することにとどまらず、課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げるとか、それにも応じなければ取引を打ち切ることにするなどと一方的に通告することは、独占禁止法上又は下請法上、問題となるおそれがあるとのことです(免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A Q7🔗 )。
オーナーが免税事業者であり、かつ管理会社を通して家賃を集金している場合の留意点は、以下「エ」の項目で記載しています。
ウ.口座振替(振込)家賃の取扱い
初回の契約に基き、以降毎月の取引の都度には請求書が発行されない取引は往々にしてあると思います。例えば、口座振替や振り込みにより決済される家賃については、登録番号などの必要事項が記載された契約書とともに、日付・金額が印字された通帳を保存することにより、インボイスの発行を省略することができます。
要するに、複数書類全体で、インボイスの記載事項を満たせばよいことになっています。インボイス制度が始まる前の契約の締結については,その締結時期によっては,登録番号のほかにもインボイスの記載事項である「適用税率」や「消費税額等」が賃貸借契約書に記載されていないことが想定されます。この場合,新たに賃貸借契約書を結び直す必要はありませんが,借主は賃貸借契約書及び振込金受取書等の保存に加え,記載が不足している登録番号,適用税率や消費税額等について,貸主から別途通知を受け,保存をする必要があります。
また、インボイス制度開始後は、賃貸契約書自体に登録番号や適用税率などの項目が記載されていた方が、実務上記載事項を複数の手間なく満たすと思われるため、不動産業界においての賃貸契約書のひな型などが見直されることを期待します。
なお、不動産の賃貸借のように請求書等が発行されない取引については、中途で貸主が適格請求書発行事業者でなくなることも想定されますので、国税庁のホームページで貸主の状況を確認したうえで仕入税額控除の計算をする必要があります(インボイスQ&A問65)【国税庁HP:インボイスQ&A】🔗。
【参考】インボイスの記載事項(新消法57の4①)
① 適格請求書発行事業者の名称等及び登録番号
② 課税資産の譲渡等の年月日
③ 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容
④ 税率ごとに区分した課税資産の譲渡等の税抜価額又は税込価額の合計額及び適用税率
⑤ 税率ごとに区分した消費税額等
⑥ 書類の交付を受ける事業者の名称
インターネットで公表されている説明資料にわかりやすい資料があったので、掲載しておきます。口座振替や請求書が交付されない取引について、インボイス要件を満たすためにどのような書類をそろえればよいかのイメージ・ひな型です。インボイス説明資料P9 令和5年4月財務省主税局税制第二課(令和5年8月8日閲覧)🔗。
より、一部抜粋。↓
エ.賃貸管理会社・不動産管理会社の発行する家賃集計表・家賃通知など
上述の通り、事務所の賃貸借などの口座振替で決済される取引については、契約書と通帳を併せて適格請求書の記載事項を満たすことが可能です(インボイスQ&A問93)。
インボイス制度導入前から継続している契約については、登録番号や税率、消費税額が記載されていないなど適格請求書としての記載事項が不足していることから不動産管理会社には、これらを記載した通知書を改めて見直し、テナントへ追加の情報を交付するなどの役割が暗に求められていると思われます。
その一方で、令和4年11月のインボイスQ&A問48の改訂により、委託販売の媒介者交付特例の対象に集金事務の委託も追加(国税庁PDF🔗)されました。この特例を適用した場合には、不動産管理会社が貸主に代わって適格請求書をテナントに交付するという方法も考えられます。
ただし、この特例は 委託者及び受託者が適格請求書発行事業者であることが要件になっています。
すなわち、貸主が適格請求書発行事業者であることが条件にあります。
そのため、委託者にインボイス発行事業者とそれ以外の者が混在していた場合、両者を区分しなければならないという注意喚起が行われています(参考「税務通信」3768号 2023年09月11日)。区分していない場合、事業者が購入者である際に、すべての委託先がインボイス発行事業者であると誤認されるおそれがあるためです。
ただし、この取り扱いは現在時点で世間に浸透しているか個人的には疑問を持っています。
管理会社は基本的に媒介者であり、本来的にはテナントとオーナーの取引を取り次いでいるに過ぎないので、
テナントが必要とするインボイスにはオーナーの適格番号が記載されていなければなりません。
この認識がないまま、地主や貸主が免税事業者であるにも関わらず、管理会社が自らの適格番号の記載された家賃通知を送付するケースが出てきてしまうように懸念しています(管理手数料に係るインボイスの場合には、管理会社の適格番号も必要)。
上記の取り扱いは、集金代行業者・管理会社において、オーナーが適格請求書発行事業者かそうでないかを管理することが(悲しいかな)制度上暗に要請されているような気がします。
また、貸主が免税業者であった場合の事務的な取り扱いについては、あまり世間では言及がありません。個人的に実務上管理会社のサイドが、貸主が免税事業者であることを借主に知らせる何らかの通知が求められると思います。
そのために、相当な事務負担が発生すると思いますが、管理会社は地主や貸主が適格請求書発行事業者かどうかを把握する必要があると思います。
オ.総括・私見
元来、広く不動産業では、課税売上や非課税売上が混在し、「課税売上割合」の算出など、他業種に対して比較的消費税に関する検討項目が多いという認識でしたがインボイス制度の導入にあたってさらに検討対象が増えると想定しています。個別対応方式に係る論点についてはこちら。
このことは、自動販売機スキームなどに、課税庁が対応し、制度の見直しが行われてきた結果によると推察しますが
制度が複雑になりすぎている感が否めず、免税業者、とりわけ新規開業したての事業者とそれを取り巻く消費税制度との狭間にギャップがあると感じます。